GLOCAL Vol.1
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9州)は、1956年を通じて8つもの文化法案を議会に提出した。トンプソン2世は、連邦議会内でリベラルな姿勢の有力議員として知られ、公民権や社会保障などに関する法案成立に尽力するとともに、著名な文化人とも幅広いコネクションがあった12)。 1953年1月に就任したドワイト・D・アイゼンハワー(Dwight D. Eisenhower)大統領は、当初は連邦政府による芸術への公的支援に反対の立場をとっていたが、ソ連をはじめとする他国の芸術支援に比べてアメリカが遅れをとっていることが明白になるにつれて、芸術支援に対する姿勢を次第に転換するようになった。そのため、アイゼンハワー大統領は、1955年1月の年頭教書演説において、連邦芸術諮問委員会(Federal Advisory Council on the Arts)の設立を呼びかけることになった。そしてアイゼンハワー大統領は、1958年に国立文化施設法(National Arts Service Act)を制定し、全米の文化施設を拡充させる姿勢を見せた13)。 しかも連邦議会では、連邦芸術委員会(Commission of Fine Arts)が1953年に提出した『芸術と政府』(Art and Government)にも表れているように、芸術作品のコミッション(政策委託)、芸術文化センターの建設、芸術奨学金の支給などが検討され始めていた14)。こうして、1956年になると、上院の労働・公共福祉委員会(Committee on Labor and Public Welfare)の審議や公聴会を経て、芸術支援に公的資金を充当することを審議する連邦芸術諮問委員会の設立が方向付けられた15)。Ⅳ芸術支援の制度化 このように、連邦議会で芸術支援を求める動きが強まり、広く国立芸術財団(National Foundation on the Arts)の設立も論議されるようになり、1961年1月にジョン・F・ケネディ(John F. Kennedy)政権が発足すると、芸術支援を制度化する道が急速に開かれることになった16)。 ケネディ大統領は、自身が掲げる「ニューフロンティア」のなかに国家による芸術支援を組み込み、連邦レベルの公的な芸術文化政策を、単なる国民向けの内政プログラムとしてではなく、冷戦体制下でアメリカの政治的威信を対外的に示す外交政策と捉えていた。 そのためケネディは、連邦議会で芸術政策の意義について多くの公聴会を開き、マックス・アイセンバーグ(Max Isenberg)などに芸術支援に向けた政策提言を要請した。1961年に提出された『文化発展の戦略』(A Strategy for Cultural Advancement)は連邦政府による芸術支援の拡大を求め、それが国民の生活水準を高める政策的メリットも大きいことを強調した17)。 そしてケネディは、1962年にオーガスト・ヘクシャー2世(August Heckscher, Jr.)を、ホワイトハウスに大統領の初代芸術コンサルタントとして任命した。ヘクシャー2世は、1963年5月に『芸術と政府』(The Arts and the National Government)という報告書を提出し、芸術コンサルタントの正式雇用はもちろんのこと、大統領芸術諮問評議会(President’s Advisory Council on the Arts)と全米芸術基金(NEA)の設立を提言した18)。 ケネディ大統領は、この『芸術と政府』を受けて同年6月に大統領令11112号を出し、芸術活動の調査と推進を目的に大統領芸術諮問評議会を設置することを決定した。またケネディは、1963年12月にアマースト大学の新図書館のオープン・セレモニーで、芸術を擁護することが国益のためであると強調し、芸術文化の発展がアメリカ民主主義の優位を示すものであると訴えた19)。 ところが、1963年11月にケネディ大統領が暗殺されてしまったため、芸術支援の具体化は、後継のリンドン・B・ジョンソン(Lyndon B. Johnson)大統領が負うことになった。ジョンソン大統領は、「偉大な社会」(Great Society)を掲げ、少なくとも就任当初はリベラルな姿勢を強く示した。 ジョンソン大統領は、ケネディが打ち出した芸術支援の方針を受け継ぎ、1964年8月に国立芸術文化発展法(National Arts and Cultural Development Act)が成立し、国立芸術評議会(National Council on the Arts)の設立が決定した。国立芸術評議会は、大統領によって任命された26名の芸術専門家で構成され、芸術支援の指針や手続きを決め、マッチング方式の助成金を申請する芸術団体の推薦を行った20)。 そして、1965年9月に国立芸術・人文基金法(National Foundation on the Arts and the Humanities Act)が成立し、全米芸術基金(National Endowment for the Arts:NEA)と全米人文基金(National 国立芸術・人文基金の設立を宣言するジョンソン大統領(1965年) ©Francis Miller//Time Life Pictures/Getty Images

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